masmako Slade
2009年03月10日
22:08
私は自分のスキルと、多くのC:SIプレイヤーのスキルを比較した時、自分のスキルが劣る事を知っているつもりです。
そして、多くのC:SIプレイヤーはスキルの高低をプレイヤーの価値としない事を経験で知っています。したがって私にとって試合の勝敗は正直興味が薄いです。勝とうが負けようが納得出来る試合が出来るか否か…私にとって最重要な事はそれです。だから、私は毎日試合をし続けています。
誤解されると困るので書いておきますが、やっぱり、負けるよりは勝った方が嬉しいので練習したり講習に参加したりをしています。
私がチーターを嫌っている理由はそれを使う相手に勝てないからではなく……納得出来る試合にはならないからです。自分が勝てないから相手がチートを使っている~~みたいに言っていると思われているとしたら心外ですね。
ここ暫く…私の記事が発端だったとしても、恣意的解釈で正直…面白くない事を言われたりしていたので、当ブログの今後について悩んだりしてましたが、数時間前、C:SIからは半引退状態にあるものの、以前、何度となく助けを貸してもらえたある人とチートなどについて話す機会を持てた事で、今後についての考えが決まりました。
何事にも表面と裏面が存在する。裏面は多くの時、陰に隠れている為に見えないだけで常に存在している。陰(※)に関わらないでC:SIをプレイ出来ている人は幸運です。C:SIプレイヤーは目を閉じ耳を塞ぎ一切の陰と関わる事を拒んで楽しみだけを見る事も、陽に身を置き陰を見る事で陰を学ぶ事も、陽に片足を陰にも片足を置き陰と陽を使い分ける事も、陰を見つつ見てないと装う事も出来る。
そして、人々がどれをするかは人々の自由です。あなたはあなたの意見を持ち、それを皆に述べる事が出来るが、あなたの考え方を誰かに持つ事を強制してはいけない。そして、誰かに特定の考えを持つ事を強制されてもいけない。個々人が何を見て、何を選ぶかは個々人の権利です。
陰陽の文化的な話とかは私には理解出来ませんでしたが…要約意訳すると…以上のような話を言われました。
※ 陰 = チートやアンマナーテクニックですね、
私がC:SIをプレイし始めたのが2007/08の末週頃。最初は右も左も分からない状態だった私も、時が経つにつれて多くの人との交流の機会を持つ事で活動範囲が広がっていき、それは更に多くの人との交流の機会を持つ切っ掛けとなりました。同時に、「人が三人集まれば派閥が出来る」というのはSLの中でも同じ。お互いの利害対立や考え方の相違でトラブルになるのも見聞きしましたし、何度か私が関わった事もありました。
そういう経験をしているので…C:SIで陽だけを限定して見聞きしたり、陰の存在を否定したりは私には出来ませんし、そういう事をやればアンバランスになると思います。なので、陰と陽、どちらの記事もC:SIが関わる事ならば(当たり障りのない範囲で)書き続けようかなと思います。
但し、「学ぶ事は良い事です。しかし、あなたは陰を見過ぎる傾向が常にある」との忠告を別の人から貰った事もありますし、誰だって気が滅入る陰の記事より、楽しみを紹介する陽の記事を好むでしょう。なので、陰の記事は控えめにしようとも思います。